ごあいさつ

♪Diary

2025-05-31 17:00:00

南米コロンビア演奏旅行を振り返って…2025年2/25〜3/8

書きたいと思いつつ、今頃、になってしまいました。

でも、書き留めておきたいので、思い出しながらしたためたいと思います。

 

コロンビア🇨🇴は初めて。

メキシコ🇲🇽には、1998年、日本との国交100年、という年で、

日本のメキシコ大使館の企画で演奏旅行に行ったことがありましたが…。

 

連弾パートナーのMiguel Sosaさんが、コロンビア生まれ、ということもあり、

彼が連弾用に編曲したコロンビア舞曲を書き、

それを一緒に弾いてほしい、というところから始まった「コロンビア」との出会い…。

 

これらの曲を、彼の先生や友人を通して現地のピアニストさんに弾いていただき、

沢山の学生さんも弾いてくださり、

まずは楽譜とCDが上陸しました。

編曲者のMiguel Sosaは誰?

どんな人?

と思われていたでしょう。

 

いろいろなチャンスが重なり、私たちがコロンビアに行くことになり、

コンサートも3回、コロンビア舞曲についての講座も決まり、現地に向かいました。

 

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空港までは、Miguelの従兄弟と叔母さんが迎えにきてくださいました。

 

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気候はだいたい年間を通して過ごしやすい温度ですが、

首都ボゴタ(Bogota)は標高2,500メートルぐらいの高地にあり、走ったり、

階段を急いで登ったりすると少しハアハアします。

(メキシコもそうでした)

そして、軽くコートが必要。

次に向かったメディジン(Medellin )は低い土地で、夏のように暑く、Tシャツで過ごしました。

 

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Bogotaの大学でのコンサート

 

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Medellinの大学でのコンサート

 

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Teresita Gomez邸(Medellin)

新しく買ったYAMAHAのピアノがこのコンサートの何日か前に届き、

こけら落としさせていただきました。

こんな素敵な記念の盾もいただきました。

 

日本の藍染めで作った衣装は、とても好評でした。

東日本大震災で被災して流された高級な着物や反物を、あのヘドロのような水の中から救出し、

洗っても洗っても汚れも臭いも取れないような生地を、あまりにもそれがひどいものは

奄美で藍染に、

少しぐらいの汚れなら、演奏会に遠目に見るには問題ないと、たくさんの衣装を作ってきました。

そのリメイク衣装を「できることをできるだけプロジェクト」の、しおみえりこさんからお借りし、

日本の文化もお伝えしたかったのです。

 

それから、プログラムに、恥ずかしながら、私のお礼の気持の書も入れさせていただきました。

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私はいつもYuko(じゅーこ)と呼ばれていました。

「Yo」はスペイン語で「私」。読み方は「ジョ」。

で、私の名前は、「くすじゃま じゅーこ」

「ゆ」って発音しにくいのですって。難しい、と言ってました。

そして、「なぜ日本人がコロンビアの曲が弾けるのか?」

と、どこの会場でも質問されました。

でも、音楽家はは行ったことのない国の曲でも弾きます。

そのために、もちろんいろいろ勉強しますが・・・

コロンビアの曲調もMiguelにいろいろ説明してもらいました。

でも、ピアニストのBlanca Uribe さんは、

「あなたはコロンビアに生まれるべきだった。

生まれるところ間違えたんじゃない?」

と何度も言ってくださって、「変な弾き方はしていないのかな?」と

ちょっとホッとしました。

 

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 左から Teresita Gomezさん、Blanca Uribe さん

コロンビアでは、とても有名で、実力派のお二人です。

このお二人の連弾で、「コロンビア舞曲」も沢山の方々に弾かれるようになりました。

また、Teresitaさんは、スペインのピアニストと コロンビア舞曲全曲を

レコーディンしたばかり、

と録音を聴かせてくださいました。

情緒豊かな演奏でした。

 

お二人とも、双方の国からコンタクトは取っていましたが、お会いするのは初めて。

でも、初めて会った気がしませんでした。

 

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Medellinに着いた日はTeresita邸でアヒアコパーティでした。

アヒアコ(Ajiaco)とは、三種類のジャガイモをが崩れるぐらいに鶏肉とトウモロコシと

一緒に煮込んだスープで、

お好みで、アボカドやクリームをトッピングします。

コロンビアでは定番の家庭料理。

どこのレストランでも食べられるくらい当たり前のような料理です。

Bogotaのレストランでもいただきましたが、この日のアヒアコは本当に美味しかったです。

 

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アボカドはとても大きく、トウモロコシは日本のように甘くないです。

 

メインのコンサートのことを書いてみましたが、あとはア・ラ・カルトで写真をアップします。

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コロンビアは金とエメラルドが採れることで有名です。ここは金の美術館。

そして、新しい近代的な建物と歴史的な建物が存在します。

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歴史的な教会

 

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Bogotaの市場。ここで初めてマリファナの匂いを嗅ぎました。

 

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レストランでのアヒアコ。 指揮者のEduardo夫妻と・・・

 

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 鶏肉(Polloポジョ)のお店がたくさんあります。

グリルした鶏肉はビニールの手袋をしてかぶりつきます。

 

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国立図書館。ここに、私達が作った楽譜とCDが収められています。

 

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 Teresita Gomezさんが未使用のメキシコの衣装を

「Yukoにあげたい!!!」とくださいました。

コロンビアのネックレスと一緒に・・・

彼女はスペイン語しか話さないのだけれど、私の拙いスペイン語でも心は通じました。

 

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Blanca Uribeさんのお宅で、Oriol Rangel(オリオル ランヘル)の

手書きの楽譜を見せていただきました。

Rangelはコロンビアでとても有名な作曲家です。

私も、彼のソロ曲を何回かコンサートで弾かせていただきましたが、

興味深い曲がたくさんあります。

Blancaさんは、英語とドイツ語を話してくださいました。

 

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Miguelの従兄弟のこども。Felipe.

初めての日本人は珍しかったみたい。でもとても仲良しになりました。

初めて会ったとき

「はじめまして。

  フェリペです。

  どうぞよろしくお願いします。」

と、ドキドキしながら日本語で挨拶してくれました。かわいい!!

任天堂のゲームとか持っていて面白かったです。

 

あ、それから・・・・

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Bogotaにある、ボテロの美術館も面白かったです。左はモナリザ(笑)

 

今回、言葉の壁はあっても、音楽の壁はないんだな〜、なんて思って帰ってきました。

 

何年か前、Miguelが、演奏できる形になっていない興味深い曲を連弾用に

アレンジし始めたとき、

そして、それを日本で出版し、CDを作ったとき、

まさか、コロンビアで演奏することは考えてもみませんでした。

それらの曲を残しておけば、

いつか、100年ぐらい経って見つけた人が弾いてくれるかな?

歴史だけ作っておこう!!

なんて思っていたのが、こんなにも早くコロンビアのピアニストさんたちが

取り上げてくださって、

学生にも弾かせたい、とたくさん楽譜も買ってくださって、

ピアノが弾けない人たちも、耳馴染みのある曲を聴いて、

キャーキャー、ヒューヒュー喜んでくださって、

とても良い交流ができました。

コロンビア音楽の交流はまだまだ続いていて、Miguelは、またさらに編曲を続けています。

 

言葉の壁については、Miguelの従兄弟家族や、旧友とは、

めちゃくちゃ速いスペイン語で話しているので、

いくつかの単語をキャッチすると何について話しているかはなんとなくわかりますが、

細かいことは全然わからず・・・

だんだん子守歌代わりに聞こえてきて、私の存在は枠の外なので、

よくレストランのテーブルの端っこで居眠りしてました(笑)

誰も気にしていないので気楽でしたけれど。

 

私の方は、なぜか、25年前に、この「くすやまホール」の名前を 

Costa de la Musuca(音楽のある海岸・・・住所が中海岸なので)と

スペイン語の文法もわからずにつけていて、

コロンビアですんなりその名前が受け入れられたのも面白いです。

 

人生って面白いですね。

事を興すと、なにかが動き出し、歩き出すのですね?

 

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